今日の記事も前回に引き続き、吃音について取りあげます。
私自身の吃音体験についても書いていきます。
(主に、社会不安障害と吃音の関連について)
先日読み返した『エビデンスに基づいた吃音支援入門』の中に、
このような記述がありました。
子どもがどもる姿を見るのがかわいそうと、賢い気の利く親ほど、ことばの先取りをしてしまう。
ことばを先取りされると、子どもは「ホッ」とする。
「よかった。わかってくれて」と思い、今後どもったときは、ことばを先取りされることを期待してしまう。
●菊池良和著『エビデンスに基づいた吃音支援入門』
(学苑社/2012/P112)より引用
「ことばを先取りされることを期待してしまう」
中高生時代の自分を振り返ると、
私もそうだったなぁと思います。
クラスの中の面倒見のいい友人が、
私の代わりに話してくれることを期待していました。
そして、何度もフォローしてもらっているうちに、
それが当たり前になって、
ますます話すことから逃れようとするようになってしまいました。
たまにフォローしてもらえないことがあると、
イラッとしたりして……
(怖さゆえのイラつきですね)
(当時の友人に「ありがとう」のエネルギーを、今送りました)
当時を振り返ると……
私の社会不安障害の症状である
「予期不安」や「回避」や「あがり」の理由の中で……
「人前でどもってしまうのが怖い」
(馬鹿にされるのが怖い)
「ちょうどいいタイミングで話せない(声が出ない)のが怖い」
(見下されるのが怖い)
……が、かなり大きな割合を占めていたことが思い出されます。
(特に中高生時代。手や頭の震えはそれ以降も続きます)
大学生時代では、普段はほとんど話すことに支障がなくなりましたが、
それでも緊張の場面では吃音(連発、難発)が顔を出していました。
(卒論発表では、大失敗しました)
『エビデンスに基づいた吃音支援入門』の著者の菊池先生によると、
吃音者の40~50%くらいは社会不安障害を併発しているとのことです。
私もまさに吃音と社会不安障害を併発して、
お互いが悪循環になって症状を強めてしまう。
そのような形になっていました。
※今ではどちらも克服済みです。(プロフィール参照)
とくに、私は本来
「自分で考え、自分で行動し、そこから学び取りたい」
面が強いのですが……
現実の中高生時代は、
友人からフォローされることばかり期待していましたので……
「本来の自分像(押し込めていた)と現実の自分のギャップ」
がとても大きくて、それが悔しくて、
より自分を苦しめる要因になっていました。
心の中で葛藤しまくりですね。
それがまた、吃音と社会不安障害の症状を
強めることにつながっていたと思います。
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今日は、「ことばを先取りされることを期待してしまう」
という部分から、私自身の過去を振り返ってみました。
このように、振り返りながら気づきを得たり整理したりすることは、
症状の軽減・克服をしていく上で、とても役に立ちます。
「あのとき、こんなことがあって、あんな気持ちになった」
「あんな気持ちになったんだよね。でも、よく頑張ったね」
こんな風に、以前感じた気持ちに寄り添いながら、
よろしければ行ってみてください。
あくまで、無理のない範囲で、
あなた自身のペースで取り組んでみてくださいね。
(ノートに書き出しながら行うことを、おすすめします)
今日も、ありがとうございます!
皆さまが、笑顔いっぱいでありますように!